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感想をひたすら書いてみる。親子の読書記録。
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大筋でうなずきながらも違和感の残る本でした。 「上機嫌でいる事は人と接する時の作法である」との主張は、その通りだと思います。上機嫌を「技」と考え、その方法を描いてみせたのは確かに斬新で、その辺りはAmazonのレビュー 実は今を時めく斉藤孝先生の著書を読むのはこれが最初でした。 私は気分をうまくコントロールできずに失敗する事が多いので、何か得るものがあればと思って手に取りました。 斉藤先生が監修されている 『にほんごであそぼ』の大ファンとしても、期待を持って読み始めたのですが、最初に感じたのはあざとさでした。『声に出して読みたい日本語』それが顕著なのは第二章。淀川長治さんや黒柳徹子さん、ダメ押しに長嶋茂雄さんまで引っぱり出してくるのは、ちょっといかがなものでしょう。 あまりにも有名なエピソードをもったいぶって並べただけで、ほら、凄い人はみんな上機嫌でしょうと言われてもね。 新庄選手のコメントを聞いて彼の上機嫌力に僕は感心しました、位の引用で終わっていればまだしもだったかもしれません。 ※以下、けっこう不機嫌な感想が続きます(笑) そして第五章ではちょっとした疑問を抱きます。 ハイタッチや拍手、相手の言葉へのうなずき方などで、その場を上機嫌つまりハイテンションにもっていく方法を述べています。 メソッドは間違っていません。少しでもコミュニケーション学をかじった人ならその程度の知識はあるでしょう。 著者は、ハイテンションに持っていくことで自己客観視ができたり、脳が刺激を受けて活性化したりすると述べています。 ハイテンション状態では辛辣な事を言ったり言われたりしても、前向きに乗り越えられるというのです。そうかもしれません。その場では高揚感に支配されていますから、アハハと笑って流すでしょう。 けれどその場を離れ時間を置いて反すうした時に、果たして同様に笑いながら軽く受け止められるものでしょうか。辛辣なものは辛辣なのです。後に頭を冷やし冷静になって考えた時にまで上機嫌でいられると、どうして言い切れるのでしょう。いや頭を冷やしてはならぬという事なのか? そもそもハイテンション下での自己客観視は可能なのか。それは本当に、完璧に自己コントロールのきいた知性の働きでしょうか。私は違うと思います。正確に言うなら「違う場合もある」と思います。 ちょっと脇に逸れます。 悪徳商法やカルト的な自己啓発セミナーや宗教団体で、この手法はよく使われる事が知られています。 その場全体を異常なハイテンションにもっていく。全員の心が一つに集中した高揚感の中で、ぽんと意図的な記号を投げ込むと、受け取る側はそれが自らの意志であると思い込んで、主催者の思惑通りのアクションを起こす、あるいは他に選択の余地をなくされ、意図されたアクションを起こさざるを得なくなる。 それが危険なのは、本人がそれを自分の意志で行ったと思ってしまう点です。実際には人を操作するために巧妙に考え抜かれた作戦であり、傍観者の立場から見ればそれは明白なのですが、当事者は実に驚く程簡単に操られてしまう場合が多々あるのです。 専門家である著者がこのような事例を知らないとは思えませんから、単純にわかりやすく説明する為に、あえて自身の成功した経験だけを述べて主張を強調しているのだと思われます。専門書の論文でなし、万人に分かりやすく啓蒙できればそれでよしという事でしょうか。 人間が自身の機嫌を完璧にコントロールする事が可能かと問われれば、私は否と答えます。それほど、人類は未だ自身を知りません。私などが言うまでもない事ですが。 ある程度、もしくはある局面において、と限定されれば、それは可能でしょう。 ですから、上機嫌が人と対する時の作法であるという事と、上機嫌と知性は両立するというところまでは賛成できますが、著者の言うような手放しの上機嫌力がすなわち知性である、とは私には思えません。処世術の一つとして評価できるというまでです。 まあ、どんな技も要は使い方ですよね。 きっと小難しく考えて突っ込みを入れる私が不粋なんですね。 そんなもこんなも百も承知でさらっと読むべき本なんでしょう。おお、上機嫌でいるといい事いっぱいね。私も上機嫌でいるよう心掛けよう、なんて感じで。さらっと。 ん? ちょっと待て。「知性」「頭がよい」は時代のキーワードだわ。 て事は、単なる処世術を時代のキーワードで上手にデコレーションしたという訳? ああ、処世術は「コミュニケーションの技」と言い換えてたっけ。これも時代のキーワード。 やっぱりあざとい。好きになれない。概ね間違った事は書かれていないと思うけれども。 主張の繰り返しと根拠の曖昧な断定、自画自賛。有名人の引用や学識権威のお墨つき。むやみやたらとゴチック体で強調する書き方。 新書判のこの手のハウツー本の、なぜか画一的な著述法に、私は辟易としていた筈ではなかったか。 期待して読んだだけに、読後のがっくり感は大きかった一冊でした。 * コメント *
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