『しっかり自信の持てる子に』
『しっかり自信の持てる子に』 星一郎 PHP研究所 2004.10

自己肯定感が重要なのは子供も大人も変わりません。違うのは、大人の場合は自身でセルフコントロールしなければならないのに対し、子供に対しては接する大人が気をつけてやらねばならない事。当たり前ですが。

膝を打ったのは「お互いを尊敬しあうことを教えましょう」の項。
まさにその通り。「ちょっぴり他の子が迷惑しても、子ども同士だからお互い様で、おおらかに育てた方がいい」と考える親御さんは、程度の差こそあれ、私の身の回りにも結構います。
こっそり「お互い様と言う時は決してお互い様になっていない法則」なんて名付けていますが、案外、乱暴をする側の子のママに多いのが痛いところなんです。
気弱な、乱暴される側の子のママは、表では「お互い様」と合わせていても、心中、決してそうは思ってないもんです。だって自分の子は一方的にやられるばかりなんですから。
そうして、やられ続ける関係を放置された結果、気弱だった子どもは智恵をつけ、今度は自分より弱い相手を見つけて、自分がされたのと同じように意地悪をし始めます。やられたら、やった相手にやり返すのが「お互い様」。けれど子どもの世界を放っておけば、そこは純粋な弱肉強食。やられたら、より弱い相手にやり返してしまうんです。悪循環です。

首をひねったのは「きょうだいげんかばかりしていたら」の項。
「きょうだいげんかには、隠れた目的があるのです。それは、親がどちらのほうが好きなのかを見極めることなのです」否定はしません。ただ、それは結果的にそこへ辿り着くというものであって、最初の最初からある「目的」とは違うものだと思います。4人姉弟で育った実感を込めて、そう思います。
けんかの発端はあくまで、互いのトラブルです。子ども同士でなんとか解決できる場合もあるでしょうから、大方、あるいは原則、口を挟まないというのは賛成できます。
けれど、筆者の言うように親が全く関与せずに放置したならば、親の気を引きたい為だけで始めたケンカならしぼむでしょう。でもそんなケースばかりのはずはありません。
相手に理不尽さを感じたまま放置されればそれは、片方を叱った場合と同様の理不尽さを、その子に残すと思います。エスカレートして流血の騒ぎになったりするかもしれません。どんな場合も口を出さないというのは、上記の友だち同士のけんか同様、弱肉強食の世界に子どもを放置する事ではないでしょうか。
兄弟(家族)の場合、トラブルの発端はささいな事でも、根底に流れる関係の重みがどうしても作用してしまうのは仕方がない事です。けれど、関係性の作用とトラブル自体を混同してしまうのはいただけません。片方を叱る事の弊害を避けつつ、上手に関係を築けるよう手助けできる方法はないものか。世の母親たちはそこを悩んでいるんだと思うのですが。何と言っても「兄弟は最初の他人」ですからねえ…

他はだいたい、今どきの子育ての常識が、ごくわかりやすく書かれていました。新米ママで悩んでいる方にはお勧めできます。
あまりのわかりやすい語り口に、ふと大学時代の教授の言を思い出しました。いわく「大学生に講議する時は中学生に話すように(わかりやすく)しなければならない。中学生に講議する時は小学生に話すように」
この本は中学生でもわかりそうなくらい、とても親切に噛み砕いて書かれていて好感が持てます。

生協のカタログでは書店では販売していないと書かれていたんですが、bk1で検索したらヒットしました。入手できるのかな。
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03/25 03:23 | その他 | CM:0 | TB:0
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